節分の由来や意味とは?なぜ豆をまくのか、飾り付けは鰯と柊なのか

節分

子供がいると、節分をしますね。

ついでに、どんな由来や意味があるのか教えたいところです。

そこで節分の由来や意味、なぜ豆をまくのか、飾り付けは鰯とひいらぎなのかを説明します。

この機会に、節分に詳しくなりましょう。

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節分の由来や意味とは?

節分とは?

節分とは本来、立春・立夏・立秋・立冬という季節の分かれ目のこと。

その中でも「立春」の前日の”節分”は、立春が一年の始まりの季節ということもあり、たいへん重要視されてきました。

今では”節分”といえば、この「立春」の前日を意味します。

節分の日は毎年2月3日前後。年度によって2月2日〜2月4日になります。

年度によって違ってくるのは、地球が公転するのに掛かる時間が、365日と約6時間であることが関係しています。ぴったり365日ではないから、毎年ちょっとズレが生じるんですね。このズレは、うるう年で直します。

ちなみに明治時代まで採用されていた旧暦(太陰太陽暦)では、大晦日の前後近くに節分が来ていました。だから大晦日と節分が、30年に一度ぐらい重なることも。

この大晦日と日付が近いことが、節分の行事に様々な影響を与えます。

それでは節分の由来を見ていきましょう。

節分の由来

節分のもとになったのは、奈良時代に中国から伝わった「大儺たいな」という風習。日本では宮中行事として、厄災や疫病を祓うために行われました。

「大儺」の諸行事のうち、鬼を追い払う行事は大晦日に行われます。このとき鬼を追い払う役の者は、黄金四つ目の仮面を被って、朱色の天子の御礼服を身につけ、たてほこを持っていました。

鬼を追うことから、「大儺」から次第に追儺おにやらいと呼ばれるようになります。

そして目に見えない鬼を追い払うのに飽きたのか、鬼を追い払う役目の者の格好が問題だったのか、それまで鬼を追い払う役目であった者が、追い回されるようになりました。

ミイラ取りがミイラになった典型的な例ですね(笑)。

この鬼を追い払う「追儺」の行事が、宮廷文化の衰退とあわせて、だんだん節分の行事として移行していったというのが成り立ちです。

そうして元々は全く別の行事であった「追儺」と「節分」が、江戸時代には完全に結びつくようになりました。

先にも触れましたが、これは旧暦において大晦日と節分の日付が、とても近かったことが影響しています。

ちなみに元々あった節分の儀式とは、防災や長寿のために読経が行われる程度のものだったとか。そちらの方は、跡形もなく消えてしまったみたいですね。(^_^;)

次はなぜ豆をまくのかを見ていきましょう。

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なぜ豆をまくのか

節分豆まき

中国で行われていた「大儺」では、小豆や五穀などが蒔かれていました。

というわけで節分の起源になった行事では、既に豆が蒔かれていたわけです。

昔から中国では、小豆は魔除けや厄除けなどの力があると信じられてきた食べ物。中国最古の薬学書「神農本草経しんのうほんぞうきょう」には、小豆の煮汁を解毒剤としていたことが書かれています。

「大儺」で小豆を蒔いていたのも、魔除けや厄除けの意味を込めてのことだったと思います。

しかし「大儺」が日本に伝わったとき、何を蒔いていたのかは文献がありません。

日本では米・麦・搗栗・炭を蒔いていたこともあるとか。大豆を恵方に向かってまいて邪鬼を祓う風習は、室町時代の文献で見つかっています。

なぜ大豆を蒔くのか?

大豆になった理由は諸説あります。

1つは薬学書「神農本草経」に「大豆は鬼毒を殺し痛みを止める」という記述があり、この風習に沿ったという説。

日本の平安時代の医書「医心方いしんぼう」にも、「大豆の煮汁を服用すれば鬼を殺し一切の毒を除く」と書いてあります。大豆は厄落としや病除けのおまじないとしても、使われていました。

もう1つは、奈良時代に鞍馬山の鬼が都に出没し、鬼の目(魔目)に豆を投げて退治したことに由来するという説。こちらは室町時代の僧が編纂した「壒嚢抄」に書かれている故事。

このように豆を投げて鬼を退治したことから、江戸時代までは「豆撒き」とは呼ばず「豆打ち」と呼んでいたようです。節分で使う豆を「鬼打豆」などとも呼ぶのは、これが起源ですね。

また、豆まきに使った豆から芽が出るのは非情に縁起が悪いとされているため、必ず炒った豆を使いましょう。節分に蒔いた豆が芽を出して、厄災に繋がったという逸話は各地に残っています。

「鬼は外、福は内」の由来

「鬼は外、福は内」がいつから言われるようになったかは分からないようです。

ただやはり室町時代には、既に言われるようになっていたとか。

鬼を祀っている神社や苗字に「鬼」が付く家(鬼頭・鬼塚・九鬼など)では、「鬼は外」とはいえませんから、「福は内、鬼も内」などと唱えます。

鬼=厄災というイメージが強いですが、福をもたらす鬼もたくさんいます。災いをもたらさないようにお迎えし、福をもたらすようにもてなして帰って頂くという考え方もあります。

ちなみにワタナベ姓のおうちでは、節分はやらなくて良いとか。平安時代に暴れていた鬼の頭領・酒天童子しゅてんどうじを、渡辺綱という人物が退治したことで、鬼たちはワタナベ姓を恐れるんだそうです。

次は節分の飾り付けについて、見ていきましょう。

節分の飾り付けは鰯と柊なのか

柊鰯

節分の飾り付けには、柊と鰯を組み合わせた「柊鰯ひいらぎいわし」が有名です。

別名「やいかがし」とも言われ、これは「焼き嗅がし」の意味です。

柊の枝に焼いた鰯の頭を刺したもので、柊のギザギザした葉っぱが鬼の目を付き、鬼が避けると言われています。また焼いた鰯の頭は、その臭いで鬼を追い払うと考えられています。

柊の代わりに竹、山椒の枝、タラの木を使うところもあるとか。

「イワシの頭も信心から」という諺の由来にもなっています。この諺は、信じる心があれば取るに足らないものでも有り難いという意味ですね。鰯の頭に効果があるのか、みんな疑問に思っていたのかもしれません。

ちなみに紀貫之きのつらゆきの「土佐日記」には、当時の都の家々ではしめ縄にボラの頭と柊の葉をつけて魔除けとしていたという記述があります。

鰯になった理由は不明ですが、強烈な臭がするなら鰯でなくても良いのかもしれません。

節分には鰯を飾るだけでなく、食べたりもしますね。節分に鰯を食べる理由については、以下の記事にまとめています。

節分にいわしを食べる理由!食べる地域と、めざしや秋刀魚などもOKか紹介

2018.01.11

まとめ

節分の由来や意味をまとめました。

節分の元になった行事が、もともと節分と関係のないものだというのには驚きます。

しかもそれを節分にやるようになったのは、日付が近かったからという凄く適当な理由。

さらにオモシロイのが、もともと鬼を追い払う役目だった人が、いつの間にか鬼として追われる立場になっていること。

もうホント適当ですね。(笑)

そんな適当な成り立ちの節分ですが、豆をまくのには魔除けや厄払いという意味があります。使う豆には十分に火を通して、芽が出ないようにするのが縁起の上で大切。

ところ蒔いた豆を拾って、歳の数だけ食べるという習慣がありますね。魔除けや厄払いに使った豆を食べて良いのでしょうか・・・気になるところです。

豆を歳の数だけ食べる理由は以下の記事で詳しく書いています。良ければ参考にしてください。

節分の豆まきの正しいやり方は?食べる豆の数の意味と、豆の種類も紹介

2018.01.07

うちでは子供が喜ぶので、毎年のように節分をやってます。子供が小さいうちは年中行事を積極的にやっていきたいですね。

<参考文献>
国立国会図書館:本の万華鏡「第1章 節分と豆まき」

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